1.情勢論【新自由主義経済と人口減少】
「生業(なりわい)福祉のまちづくりとは何か」
私たち一般社団法人地域医療・福祉研究所(略称:ARSVITA:アルスヴィータ)では、昨年から日本の新しい保健・福祉のしいまちづくりを「生業(なりわい)福祉のまちづくり」と名付けて研究を進めています。
「生業福祉のまちづくり」は、一言で言うと「持続可能な地域は、産業=生業(なりわい)と福祉(支え合い)の2つのしくみがないと成り立たない」という主張です。
地域に産業と福祉が必要だという考えそのものは目新しいものではありませんが、高齢化と人口減少の社会では、「住民自身が地域にすみ続けるために生業と医療・福祉の問題を同時に解決する方法を探索することが不可欠だ」という視点がこの研究の特徴です。
また「地域産業」というほど大袈裟ではなく、生活を支えるための仕事や収入をえる家業という意味で「生業(なりわい)」という言葉を使っています。
このテーマの背景には、超高齢社会の到来、少子化と人口減少、産業構造の変化、自治体の財源問題などがあります。
ARSVITAでは、国に地方自治や社会保障政策の転換を求めながらも、現状で地域を存続させるためにどのような方策が必要かを論議・検討してきました。
結論から言えば、現時点で最も有効なのは「住民自身が主体的に立ち上がり、地域に必要な財やサービスを住民自身が手に入れること」になります。
そのための方法論として、
①当面離島や中山間地など限られた地域で、
②「住み続けたいという住民がいること」をアンケートなどで確認し、
③ワークショップなどで地域の産業課題と医療・福祉の課題を明らかにし、
④課題ごとに手挙げ方式で実践者を募り、順番をつけて一つひとつ実現していく
を採用しています。
まちづくりの主体としては、住民の主体的な運動を組織しやすい協同組合やNPO、社会福祉法人や合同会社などを想定しています。
具体的には、それらの既存の組織が事業内容を拡大するか、あるいは住民が新しく組織を立ち上げるかの2つの方法を検討します。
研究全体の構成は、以下のようになります。

——————————————–
Ⅰ.「生業福祉のまちづくりとは何か」
1.情勢論【新自由主義経済と人口減少】
2.問題発見【総合的なまちづくりが課題】
3.解決試論【生業福祉のまちづくり】
Ⅱ.「生業福祉のまちづくりの方法論」
1.要求の把握【意識・要求アンケート、インタビューの実施】
2.まちづくり課題の探求【生業・福祉ワークショップ(仮称)の開催】
3.まちづくり組織づくり【生業福祉でまちづくり】
Ⅲ「生業福祉のまちづくりの事例」(予定)
1.沖縄県竹富町
2.徳島県三加茂町・上勝村
3.北海道沼田町
——————————————–
今回は、
Ⅰ.「生業福祉のまちづくりとは何か」
1.情勢論【新自由主義経済と人口減少】
について記述します。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
1.情勢論【新自由主義経済と人口減少】
~地域の現状からまちづくりを考える~
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
▼新自由主義経済が地域に浸透している▼
地域(まち)づくりは、1980年代後半に大きな転機を迎えました。
理由は、戦後の高度経済成長政策が終焉を迎え、新自由主義経済が一気に進んだからです。
歴史的に見ると、1980年代にイギリスのマーガレット・サッチャー首相によるサッチャリズム、アメリカのロナルド・レーガン政権によるレーガノミクスなどと呼ばれる新自由主義(neoliberalism:ネオリベラリズム)経済政策が世界を席巻します。
マーガレット・サッチャーが、1987年に「There is no such thing as society. There are individual men and women, and there are families.(社会などというものはない。いるのは個人としての男女、それに家族だけだ。)」と述べたように、徹底した個人主義(自己責任論)と国家による福祉・公共サービスの必要性を否定して関連予算の縮小(小さな政府)と民営化、大規模な規制緩和、市場原理主義の重視を特徴としています。
(余談ですが、新型コロナウイルスに感染したイギリスのボリス・ジョンソン首相が、今年3月29日に「there really is such a thing as society(社会というものがまさに存在する)」と発言しました。これはコロナ禍の中でサッチャー首相の新自由主義政策の限界を吐露したものと捉えられました)
日本においては、中曽根康弘政権による電話、鉄道などの民営化(NTT,JR)、小泉純一郎政権の郵政民営化、安倍政権のアベノミクス政策や80年代以降の歴代政権による連続した社会保障費の削減も、新自由主義の典型と言えます。
さらに「グローバル資本主義」は資本の移動を自由化し、新自由主義を一国のみならず世界中に広げたものと言えます。
この経済政策が、日本の地域の姿を大きく変えてきました。
高度経済成長期には、農村から「労働者」を都市に集め、大きな「団地」を作り、大都市部のまちづくりが行われました。
団地には「会社の労働」に参加しない「専業主婦」が存在するようになりました。
さらに経済の発展は、1980年代に「一億総中流化」という意識をつくり「貧困」は無くなったというような世相をつくりました。
住民運動も、団地の主婦を中心に生活協同組合運動や労働運動が広がり、経済発展の負の側面に焦点を当てた運動として消費者運動や公害闘争も広がりました。
ところが、新自由主義によるグローバリズムが本格的に進展すると、日本の大企業は、「人件費の安いところ」を目指して生産拠点を海外に移すようになります。
国内では「産業空洞化」がすすみ、「日本の労働者は高コスト」とされて非正規に置き換えられるようになります。
資本家にとって労働者を確保するためのしくみであった「年金」「健康保険」「雇用保険」などの社会保障は「無駄なコスト」と考えられるようになりどんどん削減されます。
また、バブル後の長期の低賃金政策などにより、女性の就業が進み「専業主婦」は減少してきました。
新自由主義は、国や企業の経済政策から始まりましたが、1990年代の後半から各地域も新自由主義経済の影響を直接受け始めます。
国内には多くの生産拠点が必要なくなり、東京と一部の大企業の本拠地以外にコストをかける必要は無くなり、過疎化や都市機能の縮小が進みます。
国は自治体への財政的支援を行わなくなり、自治体行政の効率化も求められるようになりました。
1999年には地方分権一括法と合併特例法の改正が行われ「平成の大合併」が始まり、相対的に住民サービスは低下します。
こうなってくると高度経済成長期のまちづくりの方法論では対応できなくなります。
専業主婦がいなくなり、昼間に時間のある人は少なくなります。生協の班会や集団配達も難しくなります。
自治体には財源がなく、自治体数も減り、広域化し、職員数も限られます。行政に要望を出してもそう簡単に実現しません。
一方で住民が主体的に行政に関わる機会も増えます。効率化が求められ、「自助」を名目にNPOやボランティアなどが「安上がり」なまちづくりの担い手としてまちづくりのシステムに組み込まれます。
このような変化に対して住民運動の対応は一定の限界がありました。
一つは、理論的に新自由主義に対応するまちづくり運動の提起が不十分だったことが挙げられます。
1980年代後半から「まちづくり」に新たな対応が求められていたのに、十分な対応ができず高度経済成長期の運動の「微修正」に留まっていたと言えます。
本来、新自由主義経済政策下でのまちづくり運動は、全く新しい視点での運動が求められるのではないかと考えられます。
▼人口減少社会では新しいまちづくりの視点が必要▼
一方で、日本社会では新たな事態が進行していました。
社会は、「高齢化」に焦点を当てていましたが、本当に大事なのは「少子化」であり、「人口減少」でした。
大企業は、早くからこの視点で問題を立てて対策を考えていましたが、まちづくり運動の多くは、組織の「高齢化対策」を中心に対応を考えていました。
歴史を概括すると、江戸時代後期の人口は、4,000万人程度だったと推測されています。それが約150年で1億3,000万人まで膨れ上がります。
その総人口が2008年から減少に転じ、2020年5月の推計は1億2,590万人になりました。前年比▲29万人です。
「人口減少で何が起こるか」は、日本創成会議で座長を務めた増田寛也氏が2014年に試算した「増田レポート」で523自治体が「消滅自治体」とされたことに象徴されるように、「地域崩壊」として認識されています。
とりわけ「生産人口(15~64歳まで)」の人口が減少するとことで地域が成り立たなくなることが強調されています。
国の政策はこの理論と予測に基づき「新エンジェルプラン」「人口ビジョン」「コンパクトシティ」「スマートシティ」などの政策を打ち出しています。
これらの政策の基本は、「人口を増やす」「分散した住まいは無駄だと考えて機能を集中する」「ITを活用して効率的なまちをつくる」というものです。
確かにいこれまでのやり方では「地方」は維持できませんが、この100年間の人口増加の方が特殊だと見ることもできます。
そう考えると、あらゆる手を使って「人口を増やす」、企業を誘致して「地域を開発する」という「成長戦略」の方に無理があると考えます。
そして「総人口」や「生産人口」が減少しても住み続けられるまちづくりの探求の方が大事になっているのではないでしょうか。
特に離島や中山間地域(農林水産省の定義では、平野ではない農業地域を指します。総土地面積の約7割を占め、中山間地域の農業は、全国の耕地面積の約4割、総農家数の約4割を占めています。)は、国際的な経済活動はもちろん、国内でも生産拠点としての役割を果たしていません。
いわゆる「儲からない地域」です。
こういう地域は意味がないという論調が多いのは事実ですが、そこにすみ続けたいという人はたくさんいます。
この問題を解決するのが「現代のまちづくりの課題」ではないでしょうか?
この問題は、消費者運動、医療活動、福祉活動などという部分的な視点や視野では解決できません。
地域経済全体を視野に入れた「まちづくり」の視点と問題解決の提起、実践が必要になります。
とりわけ「地域の循環経済」「すみ続けるための生活支援サービスの確保」などが大事です。
このように、これからのまちづくりを考える前提となる状況認識には、「新自由主義・グローバリズムが地域に浸透した時代」という認識と、「人口減少(超高齢)時代」という2つの基本認識が必須だと考えます。
言い換えれば「要求すれば国や自治体が応えてくれる」「事業やサービスもどんどん増える」という時代は終わり、「住民が主体的に創るまちづくり」「必要な財やサービスは確実に創るまちづくり」が求められていると思います。
次回以後の【Ⅰ.「生業福祉のまちづくりとは何か」】の目次は以下の通りです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2.問題発見【総合的なまちづくりが課題】
~暮らし全体を支えるしくみ~
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
▼仕事・産業がない地域は残れない▼
▼医療・福祉・子育ての機能が必要▼
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
3.解決試論【生業福祉のまちづくり】
~生業と福祉の両方が地域を支える~
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
▼「生業福祉」概論▼
▼「産業福祉」の先行研究▼