2月半ばになり、2020年の診療報酬改定や2021年の介護保険法改正の原案がまとまり、この1〜2年の医療や介護の制度や国の施策の全容が明らかになりつつあります。

政策の全体は、これまでお伝えしてきた方向性と変わりがありませんが、今回はCOVID-19下での重要な視点を提起したいと思います。

緊急に提起したい視点は、「COVID-19以降に厳しい医療福祉経営がやってくる」という危機感が現実味を帯びてきた点です。

この間、色々な医療・福祉系の組織や団体の2020年度方針案を読ませていただいています。

多くの方針が、COVID-19対応の必要性や国民の暮らしが厳しくなること、社会保障制度が後退する予測などを強調していますが、日本経済全体の落ち込みの時期や度合いについての認識が不十分だと感じています。

今回は、以下の内容で情勢論を提起したいと思います。

(1)医療・福祉の政策を凌駕する「大不況」の可能性が高まっている

(2)2020-21年の医療・福祉政策の中心点

(3)私たちが検討・対応すべき事項

(1)医療・福祉の政策を凌駕する「大不況」の可能性が高まっている

端的に言って、COVID-19後の医療・福祉の情勢は、丁寧に住民の相談に乗ったり、アウトリーチを強めたりする地域対応(まちづくり)と事業経営的に診療報酬対応や介護報酬対応などで乗り越えられる事態ではなくなっています。

一言で言うと2〜3年後に「大不況がやってくる」ということです。

原因は、

①COVID-19による経済への影響の長期化

②消費税10%の予想以上の影響 〜特に個人消費の落ち込み〜

③気候変動と米中貿易対立による世界的な経済の停滞の長期化

④アベノミクスによる誤った経済政策の蓄積

と言えると思います。

まず、COVID-19の影響の期間をどう見るかです。COVID-19の流行は、少なくても2年程度は収まらないと考えられます。

現在は、医療・介護事業は、診療報酬や介護報酬の上乗せや様々な補助金、融資制度の緩和などで乗り越えていますので経営の危機状況が見えにくくなっています。

しかし、数年後には患者減少や利用者減少、専門職員確保の困難さなどが表面化し、経営的な危機を迎える事業者が増えると考えられます。

またCOVID-19による生産と流通、観光などがストップしている経済状況が日本の経済的な体力を奪います。

衝撃的だったのは、2020年2月17日に内閣府が公表した昨年10〜12月の国内総生産(GDP)の速報値です。

私たちも「長期の不況下での消費税10%は狂気の政策」と言ってきましたが、年率にして6.3%のマイナスは予想以上でした。

しかもその内容が悪く、個人消費、設備投資、輸出の全ての指標がマイナスです。

とりわけ医療や福祉に関わる者にとっては、個人消費が2.9%と大きく落ち込んだことは重要です。

前回2014年に消費税が5%から8%になったときには13カ月連続でマイナスとなりました。

そのため、大規模な患者減や介護の利用控えが起こりました。

他の要因もあったのでそれが経済政策のせいだけとは言えませんが、今回は、実質賃金が前年比0.9%という中での消費増税なので影響はさらに深刻化、長期化すると思われます。

このことは、日本経済が本格的な不況局面に入ったということを予感させます。

今期(1〜3月期)も気候変動と新型肺炎などにより個人消費や輸出が大幅に減少すると予想されています。

2期連続でマイナス成長となれば、未だに日本経済の状況を「戦後最長の景気拡大」としている安倍内閣のアベノミクスも破綻の烙印を押されるでしょう。

そうなると何が起こるか?

①企業倒産

②人員整理と失業増

が考えられます。

企業倒産で言えば、すでに山形の老舗百貨店の倒産がありましたが、国民全体の買い控え傾向が続いています。

生産業や小売業だけでなく、いのちを繋ぐ医療や介護でも本格的な「買い控え」が起きかねません。

患者減や介護の利用減が起きると医療や介護の事業経営も危機的になります。

現在すぐにとは言いませんが、国の社会保障政策による自己負担増と不況による「医療や介護の利用控え」が起こると、診療報酬対応や介護報酬対応など目先の対応ではどうにもならない状況が生まれます。

倒産が現実味を帯びると企業は生き延びるために採用控えや人員整理を行います。

この10年間で非正規採用が格段に増えたことがそれに拍車をかけます。

正規雇用者に退職を迫ることは難しいですが、非正規雇用や派遣は、こういう場合の調整弁としての役割を担わされます。

非正規の人が雇い止めなどに合えば、生活は一気に崩壊します。

気候変動による災害増や農水産物の不作や出来過ぎによる値崩れも日本経済を不安定にしています。

また、長引く韓国との関係の悪化、米中貿易対立も日本の経済に影響を与え続けています。

これらのことから「大不況」という言葉が現実性を帯びています。

(2)2020-21年の医療・福祉政策の中心点

①政府の医療・福祉の政策を読み解く鍵は、「全世代型社会保障政策」です。

「全世代のために」を掲げ全ての社会保障を削減する計画です。安倍首相はこれを「本年最大の挑戦」と位置付けています。

昨年12月にまとめられた全世代型社会保障検討会議の中間報告では、少子化と高齢化が同時進行して労働力が不足する中で財界の要請に応えて「雇用」を生み出すことと社会保障を一体のものとしている点が特徴となっています。

「生涯現役社会」を前提に、年金も医療や福祉も制限し、できるだけ医療や福祉の制度を利用させないことが狙われています。

そしてその成果を自治体に競わせて、成果をあげた自治体に褒美として財政を優遇しようとしています。

「高齢になっても働かせる」→「収入があるから年金を減らす」→「収入があるから医療や介護の保険料と自己負担を増やす」

という論理です。

2012年のから始まった「社会保障と税の一体改革」による社会保障変質路線の総仕上げが「全世代型社会保障改革」だということができます。

②病院の再編

●厚生労働省は昨年9月に、突然再編統合の議論を求める全国424の公立・公的病院名を公表しました。地域の実情や努力を無視した機械的な病院名のリストが公表され、それぞれの地域で困惑や動揺、怒りが広がっています。

●地域医療を困難に陥れている医師不足を解消するのでなく、病院数を減らすことで対応しようとする方向を公然と打ち出しました。

●統廃合や病床削減を行う病院には新たな補助金を出すことが2020年度予算案に盛り込まれています。

③2020年診療報酬改定の概要

 診療報酬は、4回連続のマイナス改定となりました。本体は0.5%プラス、薬価は1.01%マイナスで、全体として0.46%のマイナスです。

 2月7日に中央社会保険医療協議会の答申が出されましたが、その内容をみると

【働き方改革】

●今回の目玉とも言えます。たくさんの討議時間がこの項目に費やされました。

●救急医療では「地域医療体制確保加算」が新設され、それ以外の救急や麻酔、ICUなどの加算が増えました。

 「地域医療体制確保加算」は、救急病院が取得できるが、救急患者でなくてもこの病院に入院すれば全患者に適用されます。

●医師の業務を減らすために「医師業務作業補助体制加算」が増額されます。

●今後病院管理者は、「医師労働時間短縮計画」などの作成を求められるようになります。

【入院】

●病院再編を誘導する看護必要度の要件の厳格化 2025年に向け、2022年、2024年の診療報酬改定で7:1看護の基準要件はどんどん厳しくなります。

●地域包括ケア病棟は在宅等からの患者を受け入れる機能を評価し、一つの病院内で都合よく転棟させて運用することを牽制しています。

●回復期リハビリ病棟の評価では、リハビリテーション実績指数のハードルが高くなります。

【外来・在宅】

●かかりつけ医機能の強化と重症化予防に関する点数が増えます。

●「機能強化加算」では患者のメリット等を文書で説明する等の要件が追加されます。

●「地域包括診療加算」は対象要件の緩和がなされます。 

●オンライン診療は、利用が広がらなかったので実施方法や対象疾患が拡大されます。

●紹介状なしの受診に5,000円の負担金が200床以上の病院に拡大されます。

政府の政策的文書全体を読んでの感想では、「地域包括ケアシステム」から「全世代型社会保障」にシフトした様相があります。

厚労省のトレンドを追えば、

2008年 「地域包括ケアシステム」

2016年 「我が事・丸ごと」地域共生社会

2019年 「全世代型社会保障」

といったところでしょうか。

④介護保険制度の行方

●2019年度の介護サービス事業者の倒産は過去最高になりました。

 件数では訪問介護事業所の倒産がトップ、ショートステイがその次ですが、負債額では有料老人ホームが一番です。

●介護施設利用者の低所得者にかかる食費・居住費の負担軽減制度の見直しによる負担増

●介護保険の高額介護保険サービスの見直しによる自己負担増

●「ケアプランの自己負担」、「要介護1、2の生活援助の自治体の総合事業化=介護保険外し」は引き続き検討事項

(3)私たちが検討・対応すべき事項

①今こそ社会保障制度の抜本的な改革と「生活防衛」を医療や福祉の分野でも「最優先事項」として取り組む

法律や制度を変えないとどうにもならないことが増えています。

医療も介護も制度として維持できない状況に来ています。

地域のあらゆる層と共同して制度を変えるための運動やとりくみを進める以外に抜本的改善の道はありません。

また、医療や介護の事業だけでは対応できないことが増えています。

医療や介護にかかるためには、「生活」できることが前提になります。

ここが壊されようとされていますから、この点での取り組みが不可欠になります。

特にそれぞれの活動地域の暮らしや経済の状況に左右されることになります。

医療や介護が専門分野であるにしても、食事、住まい、雇用など生活全般を視野に入れた活動が求められます。

②共同を活かした実際のとりくみで地域を変える

一つひとつの組織や団体、企業では限界があるかもしれませんが、方針を作る方向性としては以下の3つが大事だと思います。

(ア)暮らしやすいまちづくりの展望を示す

 助け合いやボランティアの仕組みづくり、こども食堂やカフェ、子育て広場、フードバンクなどのとりくみ

(イ)生活全般の新しい連帯・共同の方向を示す

 医療・福祉関係以外の地域のつながりの追求、セーフティネットの立ち上げや参加、住宅の確保への関わりや新たな住宅事業の立ち上げ

(ウ)かかりやすい(費用や相談などのアクセス)医療や介護事業のあり方の検討

 無料低額診療の拡大、ボランティアの活用、送迎や食事サービスの提供、ITの積極的活用

③新しいフェーズでも生き残れる医療・福祉の経営体質を作る

なかなか安定的な経営が難しい情勢ですが、大不況下でも生き残る策を考える必要があります。要点は次の2点だと思います。

(ア)「選択と集中」戦略をやめ、暮らしに必要な全生活対応型の事業モデルに切り替える

 もともと医療や福祉に「選択と集中」はマッチしません。

 今こそ地域をよく研究し、住民の声を聞き、必要とされている事業に素早く対応する経営戦略に変えるべきです。

(イ)地域の力を借りて事業存続を実現する

 医療・福祉関係だけでなく幅広い地域のつながりの上に経営や事業を構築することが大事です。

 資金の集め方、土地の活用、医療連携や医療介護連携、生活連携など様々な分野で地域目線の連携が必要です。

以上、現状で考えられる情勢展望を述べてみました。

医療や福祉事業者は、当面のCOVID-19対応、クラスターの防止や職員の安全の確保、患者・利用者へのサービス提供の継続などで手一杯だと思います。

それらの活動を最優先しながら、頭の片隅でCOVID-19以降(ウイズコロナという考えもありますが、爆発的な流行以降という意味では、ポストコロナ=コロナ以降という考え方の方がいいと思っています)のことを考えておく必要があるのではないでしょうか。

投稿者
藤谷惠三

藤谷惠三

藤谷惠三(ふじたにけいそう)  1955年 広島県生まれ 【現職】    一般社団法人地域医療・福祉研究所(略称:ARSVITA:アルスヴィータ) 専務理事 / 八重山事務所長 医療・介護経営コンサルタント 医療福祉のまちづくり支援専門員 【専門分野】 医療福祉政策 公共政策 社会保障論 医療介護事業経営 まちづくり論 なりわい福祉論 【活動内容】 地域住民が自らの手で医療福祉の事業を立ち上げることで持続可能な地域ケアの実現を目指しています。 医療や福祉の充実が切実に求められる離島(沖縄県八重山地方や大東島地)での住民主体の医療福祉政策・事業づくりを進めています。 社会共通資本や社会的連帯経済の考え方に基づく地域経済づくりと医療福祉分野の協同組合の支援を行っています。 【経歴】    広島大学教育学部卒 東北大学大学院応用経済学専攻科中退 広島中央保健生活協同組合 常務理事  総合病院福島生協病院事務長 日本生活協同組合連合会 医療部長 / 医療部会事務局長 日本医療福祉生活協同組合連合会 専務理事 / 副会長理事

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